罵倒されて気づいた、他人の評価で動いていたということ

事業がうまくいってない。税理士にも見放された。この話は前に書いた通りだ。
だから副業で、2年前から清掃のバイトを始めた。50代半ば。いくら人手不足の時代でも、この歳の未経験なんて、なかなか雇ってもらえない。だから「未経験者歓迎」の現場を選んだ。
人手不足で会社が困ってるから、未経験でも歓迎される。でも、現場の人間にとって、何も知らない未経験者ほど、使いづらいものはない。だから、現場では全く歓迎されていなかった。俺にイライラしているのが分かる。
「未経験か?困るんだよな」
「邪魔だ‼︎」
「そうじゃねえよ‼︎」
「あっち行ってろ‼︎」
この時の無力感は、本物だった。小さい頃にクラスメイトから無視されていた時のことを思い出した。その場に存在することが許されないような扱い。何もせず帰った方がマシなんじゃないか、本気でそう思った。でも、そういうわけにもいかない。
相手の望むことを探して先取りして動いたつもりが、「そうじゃない‼︎」と否定される。
じゃあ勝手なことはやめようと、指示を仰ごうとタイミングを探していたら、「ボーッと突っ立ってんじゃない‼︎」と怒られる。
じゃあ自分でできそうなことをやる。「せっかちだよね⁉︎」と言われる。
何をやっても、現場ごと人ごとに、やり方がまるで違うから、正解がない。八方塞がりだった。2年やってきた今でも、正解なんてあったもんじゃない。
それでも俺は、仕事を覚えようと必死になった。
半分は、本業から逃げたかったんだと思う。清掃してる間は、事業のことを考えずに済んだ。でも、それだけじゃなかった。必死になってる自分をよく見たら、そこに、はっきりいた。
認められたい俺が。
50代半ば、それなりに人生経験もある。だから頑張れば、それなりにできるようにはなる。実際、2年経てば、ある程度はできるようにはなった。でも問題はそこじゃない。「できるようになりたい」の根っこにあったのは、ただ「認められたい」だった。仕事を覚えることより、認められることの方が、優先になってた。
ここで、自分の言葉を突きつけられた。
俺は人から相談されると、こう言ってきた。
「認められたくて行動するな。」
正しいと思ってる。今でもそう思う。そして、自分でもそう生きてるつもりだった。
でも、清掃の現場で必死になってた俺は、認められたくて動いてた。人に言ってたことの、真逆をやってた。
頭では分かってる。人にアドバイスできるくらい、ちゃんと分かってる。でも、分かってることと、できてることは、まったく別だった。しかもタチが悪いのは、その自覚すらなかったことだ。俺は本気で「認められたさで動いてなんかいない」と信じ込んでた。
気づいたのは、ふとした自分の動きからだった。いちいち相手の顔色をうかがって、指示を仰いで、これでいいか確認して。その一つひとつが、認められたくて動いてる俺そのものだった。
気づいてしまえば、もう戻れない。じゃあ、どうするか。
認められたさで動かない自分になるんじゃない。認められたさで動いてる自分を、そのまま認めるんだ。それだけ。自己卑下している自分を感じた。それがたぶん、俺の言う「感じきる」だったと思う。
面白いもんで、認めてしまうと、何かが変わった。行動を変えたわけじゃない。演技をやめた、とかでもない。同じ現場で、同じ仕事をしてるのに・・・、一歩引いて、自分を見てるような感覚だった。そこから見ると、景色が違って見えた。
たとえば、あんなに俺を否定してきた人たち。
一番気が合わなかった人は、よく見たら、行動で仕事を教えてくれてた。ただ意地悪してるだけの人じゃなかった。その人は、その後会社を去っていった。別の人は、俺が素直に動くようになったら、仕事を教えてくれるようになって、できることが増えた。もう一人は、今では俺を「仕事ができるようになったやつ」だと思ってくれてる。
気づく前は、あの人たちは俺にとって「認めてくれない敵」でしかなかった。でも一歩引いて見たら、ちゃんと見えた。敵じゃなかった。そして俺にも、あの人たちにとって、何かの役割があったんだと思う。
認められたい気持ちが、消えたわけじゃない。今もある。たぶんこの先も消えないだろう。でも、一歩引いて見ると、目の前の状況が、違って見えた。
前は、向けられる期待が「認められるチャンス」としか見えなかった。でも今は、選べる。
この仕事を、認められたくてやるのか。それとも、素直に、顧客を思い、会社のために戦力になるために、自らやるのか。
認められたさで動いてる自分に気づいて、一歩引いて見て初めて、そこを選べるようになる。
人には「認められたくて動くな」と説きながら、自分が一番、認められたくて動いてた。
認められたさで動いてる、と認めた瞬間、視界が変わって、選べるようになる。
どんな在り方で動くか。他人の評価じゃなく、自分の人生を生きる場所に、やっと立てる。




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